桧はそのキメの細やかさ、香り、色など日本人が好む性質により、古来より神社仏閣の建築材として珍重されてきました。加工が容易かつ緻密さにより狂いが少なく、伐採後1000年以上強さを維持する最高品質の木材です。

実際に法隆寺などで1300年以上経ったヒノキ材も伐採時とほぼ同じ強度を保っています。日本の高温多湿にも長期に渡り耐え、耐久性・保存性で世界最高峰のヒノキ。その材の良さを当社の培った目利きと製材技術により、最高の状態でつかっていただくことが当社の企業理念です。

ヒノキの歴史

日本書紀では須佐之男命(スサノオノミコト)が胸毛を抜いて散らすとヒノキになったと言われており、また「スギ・クスノキは舟に、ヒノキは宮殿に、マキは棺に使いなさい」との記載があるとおり、太古より建築材として珍重されてきた木材です。

名前の由来は諸説ありますが、伊勢神宮の建築用材に使われてきたことから祀られている天照大神(=太陽神)の木である「日の木」からとも、神聖な「霊(ひ)の木」からとも言われています。また火を起こす際に使われた「火の木」からという説もあります。

画/歌川国輝

ヒノキの特徴

ヒノキはスギに比べて成長が遅く、木材として使うためには50年〜60年必要です。また、まっすぐな木を育てるために間引きや枝打ちなどもスギに比べて手間が掛かる反面、強度や耐久性が高く、曲げ、圧縮、引っ張りの強度が高いため、地震の多い日本の家屋にはとても適しています。リラックス効果のある特有の香り、白く貴賓のある色合い、やわらかなさわり心地など日本人が好む点が多いことも、高級木材として珍重されてきた理由と言えるでしょう。香りの成分には抗菌・殺虫の効果もあることから、昔からまな板や弁当箱などの清潔さが求められる箇所にも使われてきました。

シルクロードを経由して日本に伝わった数々の宝物を保管してきた正倉院もヒノキでできています。風雨や浸食にも強く、また調湿機能や紫外線の保護機能などがあることも当時は経験則で選ばれていたのでしょうが、最近では科学的にも証明されました。

国内のヒノキ生産地

ヒノキの育ちやすい環境はスギよりも狭く、北は福島県辺り、南や九州ぐらいまでとなっております。天然林としては木曽、高野山、四万十が有名で、人工林では尾鷲、紀州、吉野などが知られています。当社の位置する松阪市山間部も、1700年頃に吉野の林業技術が伝わり、気候風土の良さも相まって良質なヒノキを産出しています。

当社では、それぞれの産地の特徴を選び、時期や気候に合わせて良質な火の木を仕入れ、使用しています。

紀州産のヒノキ

和歌山・熊野あたりのヒノキは、油分が多く艶やかな色合いが特徴です。起源は江戸時代に遡り、江戸城および付随施設の建築材として高い評価を得ました。戦後、紀州地域では積極的にヒノキの植林が行われ、現在その時代に植林した木の収穫時期となっており、良質なものが多く産出されています。

松阪産のヒノキ

三重県松阪の飯高町は奈良から伊勢に至る街道として栄え、奈良時代には吉野林業の技術が伝わり発展してきました。この辺りの冬場の厳しい寒さで虫が付きにくく、また水が良く、良質な環境で育った木は輪が均等で綺麗な同心円を描いており、市場的には少ないものの良質なヒノキとして取引されています。

吉野産のヒノキ

奈良県吉野は室町時代から造林(人工的な植林)が行われており、また秀吉の時代に大阪城の建築にも使用されました。無節、完満(根元から先まで太さが一定であること)、色目の良さなど木材としての品質の高さから、古くから林業の地として知れ渡っております。

尾鷲ヒノキ

三重県尾鷲地域は関東大震災の時に、尾鷲ヒノキをつかって建てられた家の倒壊が少なかったことから評判となり、強度が強いヒノキとして知られています。尾鷲という豊富な雨量と、周辺の山林の整備などで国内有数のヒノキの産地としてブランド化が進められてきました。

木曽ヒノキ

長野県から岐阜県にかけての木曽地域で、ヒノキやサワラ、アスナロ、コウヤマキ、ネズコの木曽五木の産地として有名です。ヒノキが育つ北限に近いため、育ちが遅く年輪幅が緻密で香りが高く、ピンク色の濃い見た目が特徴です。また裏木曽と言われる現在の中津川周辺のものは、東濃ヒノキとしてブランド化もされています。

愛知県産のヒノキ

愛知県東部の三河地域は、豊かな水源に恵まれており、古くから林業が盛んな地域です。三河地域のヒノキは、とても狂いが少ない、おとなしい木であることが特徴であり、住宅材や家具材などに広く使われています。

他にも国内の名産地のヒノキを、時期や用途に合わせて選択し、使用しています。

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